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KAT-TUN
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出典検索?: “KAT-TUN” – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2012年1月)
KAT-TUN
出身地 日本の旗 日本
ジャンル
J-POP[1]ティーン・ポップ[1]
活動期間
2001年 – 2016年
2018年 –
レーベル J Storm
事務所 ジャニーズ事務所
公式サイト
J Storm KAT-TUN
Johnny’s net KAT-TUN
メンバー
亀梨和也
上田竜也
中丸雄一
旧メンバー
赤西仁
田中聖
田口淳之介
KAT-TUN(カトゥーン)は、日本の男性アイドルグループ。所属事務所はジャニーズ事務所。所属レコード会社はジェイ・ストーム。

概要
2001年に、亀梨和也、赤西仁、田口淳之介、田中聖、上田竜也、中丸雄一の6人で結成[2]。グループ名の「KAT-TUN」はメンバーの名字のイニシャルをつなげており[3]、「勝運」(かつうん)や「cartoon」(「漫画のように、1ページ読むとまた次のページが読みたくなる」という意味から。)にかけている。またハイフン「-」はファンを意味している[4]。

結成当初からメンバー個々の個性と我が強く[5]、従来のアイドル像が優等生を主としていたのに反して、「不良」や「ギラギラ」といったイメージを持つグループである[6]。社長やスタッフに叱られてばかりの「やんちゃな異端児」だったが、自身の考えを貫く姿勢と果敢なパフォーマンスが徐々に評価され[5]「ジャニーズでは異色のワイルド」なグループと称されるようになる[7]。デビュー初期のコンセプトは「ブラック&ワイルド」[8]。

2006年3月17日、CDデビュー前のアーティストとしては史上初めて東京ドーム公演を開催[7]。3月22日、グループのために立ち上げられた新レーベル「J-One Records」[9]からリリースされたデビューシングルCD『Real Face』がミリオンセラーを記録[10]。また2009年には史上最多となる東京ドーム8日間連続公演を開催した[11]。

2010年に赤西、2013年に田中、2016年に田口が脱退[2]。残る3人で1年8か月の「充電期間」(活動休止)を経て、2018年1月1日のジャニーズカウントダウンライブにて再始動[12]。

2022年4月時点で、発売したシングル29作[13]、アルバム12作[14]はいずれもオリコンチャート週間1位を獲得している。

メンバー
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グループ名の由来であるイニシャル順に記す。赤西・田中・田口在籍当時は各1文字ずつ取っていたが、脱退後は亀梨を「KA」に[15]、上田を「TU」、「T-TU」にそれぞれ変更している[16]。

現在のメンバー
イニシャル 名前 プロフィール メンバーカラー[17] 備考
KA 亀梨 和也(かめなし かずや) 1986年2月23日(36歳)、B型 ピンク 赤西在籍当時は「K」。
T-TU 上田 竜也(うえだ たつや) 1983年10月4日(38歳)、B型 青 田中在籍当時は「U」。田中脱退後は「TU」、さらに田口脱退後に変更された。
N 中丸 雄一(なかまる ゆういち) 1983年9月4日(38歳)、O型 紫
旧メンバー
イニシャル 名前 プロフィール 備考
A 赤西 仁(あかにし じん) 1984年7月4日(38歳)、O型 2010年7月脱退[2]。
T 田中 聖(たなか こうき) 1985年11月5日(36歳)、B型 2013年9月脱退[2]。弟の樹はSixTONESのメンバー。
T 田口 淳之介(たぐち じゅんのすけ) 1985年11月29日(36歳)、AB型 2016年3月脱退[18]。
来歴
2001年 – 2005年:結成・初単独ライブに55万人応募
2001年
4月7日[19]に放送された音楽番組『ポップジャム』(NHK)にて、司会であり歌手である堂本光一の専属バックダンサーグループとして結成[3]。テレビ初登場は3月に生放送された音楽番組『ミュージックステーション』とされる[16][注 1]。

2002年
8月10日 – 28日、自身初の単独コンサート『KAT-TUN お客様は神サマーConcert 55万人愛のリクエストに応えて!!』を東京国際フォーラム[20]と大阪で開催。公演名の「55万人」は応募者数にちなむ[16]。27日の大阪松竹座公演にて、興行史上初となる1日11回公演を行う[21]。

2003年
8月8日 – 28日、『KAT-TUN 2003 Ko年モ Ah Taiヘン ThankU Natsu』を3都市で公演。同月12日 – 20日、『お台場冒険王 KAT-TUNの大冒険 de SHOW@ホテル グランパシフィック メリディアン』を公演。

12月にファースト写真集『KAT-TUN 1st. In New York』を発売[3]。

2004年
8月8日 – 29日、『Johnnys Theater”SUMMARY”of Johnnys World』に出演[22]。

12月28日 – 翌年1月10日、『KAT-TUN Live海賊帆』を東名阪3都市で公演。

2005年
亀梨と赤西が出演した1月期のテレビドラマ『ごくせん』第2シリーズ(日本テレビ)が平均視聴率25%を超え、それに伴いグループの人気と知名度を高める[6][16]。

3月25日、横浜アリーナにて『Spring 05 Looking KAT-TUN』を開催。また5月から自身初の全国ツアー『Looking KAT-TUN 2005』を札幌、横浜、福岡、大阪、宮城の5都市で開催[23]。8月に再追加公演。

4月13日から音楽バラエティ番組『ミンナのテレビ』(日本テレビ) に出演。ゴールデンタイムのテレビ番組へのレギュラー出演は自身初[23]。

5月3日、前年より開催されたライブツアー『海賊帆』のDVDを発売。オリコンによると当時の音楽DVD史上3位となる初動12.9万枚を売上げ[24]、その後2005年の年間DVD音楽ランキング1位[25]、総合ランキング10位を記録している[26]。

11月に行われる『2005年ワールドグランドチャンピオンズカップ』の応援プロデューサーに就任。大会イメージソングに「GLORIA」が起用される。また10月より日本テレビにてレギュラー番組『KAT-TUNだ! 〜グラチャン応援プロジェクト〜』が放送開始[27]。

2006年 – 2009年:デビュー・赤西留学、復帰・史上初東京ドーム8日間連続公演
2006年
1月に舞台『KAT-TUN VS KANJANI∞ DREAM BOYS』で関ジャニ∞と主演をつとめる[28]。29日の千秋楽後に[29]東京プリンスホテルパークタワーにて、結成5年目にしてCDデビュー決定したことがディナーショー形式で発表される[9]。ジャニー喜多川曰く「KAT-TUNによるKAT-TUNのためのKAT-TUNのレーベル」として「J-One Records」をJ Storm内に新設[9]。

3月17日、172公演目にして東京ドームでコンサート『KAT-TUN SPECIAL TOKYO DOME CONCERT Debut “Real Face”』を開催[5]。CDデビュー前のアーティストによる単独ライブは同会場史上初[7]。ライブの模様は歌番組で一部生中継された[5]。

3月22日、シングル「Real Face」、アルバム『Best of KAT-TUN』、DVD『Real Face Film』の3作同時リリースでデビュー[25]。それぞれオリコンチャートで1位となったことに加え、「Real Face」は有線リクエスト、着うたダウンロードでも1位を獲得し、5冠を達成した[30]。また5月にはシングル発売9週目にしてミリオンセラーを達成[31]。『第39回オリコン年間ランキング』のシングル部門で1位となった[32]。

3月28日 – 5月14日、メジャーデビュー後初のコンサートツアー『Spring Tour’06 Live of KAT-TUN“Real Face”』を開催。当初は8都市33公演43万人動員の全国ツアーが予定されていたが、即日完売のチケットに要望が殺到したため、各会場1公演ずつと東京ドーム2公演を追加。結果的に9都市43公演63.3万人動員となった[33]。

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