Celebrity 黒澤vs勝(後編) 2014-03-21 説明 6 Comments phenoful 9年 ago 勝さんも「用心棒」にインスパイアされて「座頭市」を作ったんだから、もう少し黒澤さんに敬意を示すべき。 Sirow Kojima 9年 ago 勝新太郎は子供と言われるけど、まさに巨匠黒澤明に甘えたかったんだろうねそれにしても大林監督の言葉は含蓄があって素晴らしい 安倍晋三 7年 ago 黒澤も勝ももういない。たかじんも勝谷ももういない。 Shoji Mieno 6年 ago 結果論を言ってもとは言え、影武者の勝新太郎降板は後悔というか残念でならない。黒澤明監督の性格、気丈を理解したプロデューサーが側にいて、黒澤明監督が勝を降板させると言っても、勝なくして影武者の成功がないこと。自分が勝を説得して撮影所に戻しますというプロデューサーが何故いなかったのだろうか。本来プロデューサー(今では現場のプロデューサーをラインプロデューサーというらしいが)が、現場にとって最良の選択肢を集めて結集させる事が仕事なのにその役割を果たせる人がいなかった。勝も黒澤も言い出したら引っ込みがつかないからと言わんばかりにこの騒動を放置している。その昔、黒澤明監督が次々に傑作を発表していた頃のプロデューサーに本木荘ニ郎がいたが、この本木荘ニ郎がプロデューサーとしていたら違っていたと発言する映画評論家もいた。影武者のプロデューサーは田中友幸(当時の東宝会長)だったが、黒澤明と同年で黒澤を好意的に評価していた訳でもないとの証言もあり、決して相性が良いわけでもない2人の組み合わせだったのが不幸だったのかもしれない。大林監督が解説した愛するが故のわがままが不幸のタネだったのはその通りだと思うが、予想できた2人の組み合わせでフォローや立て直しをできるプロデューサーが不在だったのがこの残念な結果の最大の要因だったと思えて仕方ない。 埼玉 5年 ago 黒澤明と勝新太郎と言うタイガー&ドラゴン Akira Kurosawa『乱』黒澤映画ゼミナール 5年 ago ←『乱』の撮影風景を取材した動画を大量にアップしてます!『七人の侍』当時と変わらぬ演出風景です。Write A Commentコメントを投稿するにはログインしてください。
Shoji Mieno 6年 ago 結果論を言ってもとは言え、影武者の勝新太郎降板は後悔というか残念でならない。黒澤明監督の性格、気丈を理解したプロデューサーが側にいて、黒澤明監督が勝を降板させると言っても、勝なくして影武者の成功がないこと。自分が勝を説得して撮影所に戻しますというプロデューサーが何故いなかったのだろうか。本来プロデューサー(今では現場のプロデューサーをラインプロデューサーというらしいが)が、現場にとって最良の選択肢を集めて結集させる事が仕事なのにその役割を果たせる人がいなかった。勝も黒澤も言い出したら引っ込みがつかないからと言わんばかりにこの騒動を放置している。その昔、黒澤明監督が次々に傑作を発表していた頃のプロデューサーに本木荘ニ郎がいたが、この本木荘ニ郎がプロデューサーとしていたら違っていたと発言する映画評論家もいた。影武者のプロデューサーは田中友幸(当時の東宝会長)だったが、黒澤明と同年で黒澤を好意的に評価していた訳でもないとの証言もあり、決して相性が良いわけでもない2人の組み合わせだったのが不幸だったのかもしれない。大林監督が解説した愛するが故のわがままが不幸のタネだったのはその通りだと思うが、予想できた2人の組み合わせでフォローや立て直しをできるプロデューサーが不在だったのがこの残念な結果の最大の要因だったと思えて仕方ない。
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勝さんも「用心棒」にインスパイアされて「座頭市」を作ったんだから、もう少し黒澤さんに敬意を示すべき。
勝新太郎は子供と言われるけど、まさに巨匠黒澤明に甘えたかったんだろうね
それにしても大林監督の言葉は含蓄があって素晴らしい
黒澤も勝ももういない。たかじんも勝谷ももういない。
結果論を言ってもとは言え、影武者の勝新太郎降板は後悔というか残念でならない。黒澤明監督の性格、気丈を理解したプロデューサーが側にいて、黒澤明監督が勝を降板させると言っても、勝なくして影武者の成功がないこと。自分が勝を説得して撮影所に戻しますというプロデューサーが何故いなかったのだろうか。本来プロデューサー(今では現場のプロデューサーをラインプロデューサーというらしいが)が、現場にとって最良の選択肢を集めて結集させる事が仕事なのにその役割を果たせる人がいなかった。勝も黒澤も言い出したら引っ込みがつかないからと言わんばかりにこの騒動を放置している。
その昔、黒澤明監督が次々に傑作を発表していた頃のプロデューサーに本木荘ニ郎がいたが、この本木荘ニ郎がプロデューサーとしていたら違っていたと発言する映画評論家もいた。影武者のプロデューサーは田中友幸(当時の東宝会長)だったが、黒澤明と同年で黒澤を好意的に評価していた訳でもないとの証言もあり、決して相性が良いわけでもない2人の組み合わせだったのが不幸だったのかもしれない。
大林監督が解説した愛するが故のわがままが不幸のタネだったのはその通りだと思うが、予想できた2人の組み合わせでフォローや立て直しをできるプロデューサーが不在だったのがこの残念な結果の最大の要因だったと思えて仕方ない。
黒澤明と勝新太郎と言うタイガー&ドラゴン
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