黒澤明監督「影武者」(1980)主演・勝新太郎 降板事件の真相 後編
黒澤組の撮影現場に、勝新太郎の撮影チームが・・・。勝新太郎の現場での立ち振る舞いに黒澤明が激怒した理由。
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#なべおさみ #昭和芸能 #勝新太郎
9 Comments
勝さんの影武者観たかったなあ、
その通り、勝の「影武者」見たかったね。 なべさんの解説のとおり、初期のモノクロのころの黒沢映画は、凄く、カラーになってから、質が落ちたという指摘は、映画関係者からも聞いたことが有りました。日本は、海外の賞をとると、「大御所」になって、周りが祭り上げるので、晩年傲慢になったり、おかしくなってしまう事も多くありますよね。
黒澤演出を信じて、すべてをゆだねるべきでした。それができない勝さんには影武者は務まらなかった。それだけです。
役者である前に、人としての器が小さかった。
そもそも、勝さんは『羅生門』の面白ささえ理解できなかったと思います。
チャンバラ映画の常識から外れた決闘シーン。善に目ざめる最後の木こりのエピソード。
『影武者』は影武者の話ではなく、武田軍の愚かな古い戦術による滅亡の物語だった。
勝さんもなべさんもそこを見落としてる。勝さんの『影武者』はあり得なかった。それが真実です。
なべさんの仰る通りだと思います。
今日、諫早の両親の実家に帰って来ました!親父88才、お袋90才、僕は63歳です、黒澤さんと勝さんの話が聴けてとても嬉しいです、僕も50年以上年間300本見てますが、黒澤さんの映画は白黒で終わったと思っています、デルス・ウザーラも黒澤さんの思いと違った作品になってましたね、原作は素晴らしい小説でしが!ありがとうございました!
なべさんのお蔭で長年のモヤモヤが晴れました。感謝!!!😊😊😊
勝新さんのモノマネ上手すぎます(笑)
私は黒澤監督の「蝦蟇の油」という自伝を読んで感動して以来、黒澤映画を崇拝してましたけど、正直言って「影武者」と「乱」はあまり面白くないなぁと思いました。でもその後の晩年の作品は大好きです。「八月のラプソディ」「夢」「まあだだよ」どれも素晴らしい映画だと思います。カラー作品としても美しい映像だと思うのですけど、人それぞれの意見があるのですね。逆に私は「七人の侍」は皆が絶賛するほど思い入れが無いです。話の展開に無理がある様に思ってしまいます。だって次々に仲間の山賊が倒されていって最後に倒されるまで向かっていく山賊なんていないでしょ?普通は逃げ出すでしょうね。椿三十郎もやたらと人を殺しすぎる(笑)そんなこと言ったら時代劇ははじまりませんけど。
技術的なことはわからないけど黒澤映画のヒューマニティが好きだから、いろいろ疑問も感じてしまうのです。ど素人の意見で失礼しました。
これからも貴重なお話を楽しみにしています。
面白いっすね~まぁ降板理由は漏れ伝え聞いてた情報のままで実は内輪の人間だけが握る驚愕の新事実みたいな物は皆無。
でも、信玄の影武者に無理矢理仕立てられた下卑た市井の信玄ソックリさんの役は絶対に勝新だった。仲代達矢じゃない。
最後合戦の中に紛れ込んで半狂乱で右往左往する様を見事に演じられたであろう役者も間違いなく勝新の方だった。仲代達矢ではない。
この想像が降板を知る者の脳裏について回る
避けられない。常に勝新が降板して無かったら影武者はどんな作品になってたかな❓と考える。何度イメージしてもやっぱり絶対に勝新だったな、という結論にならざる得ない。仲代達矢ではない。黒澤明は別に自分の演出に勝新からケチつけられた訳でもないし、進行の邪魔された訳でもなく、愚かにも黒澤天皇のプライドをコケにされたと過剰反応した。しかしぶっちゃけると、勝新の単なる研究熱心な役者魂がそうさせてただけで全く他意は無かった。降板をさせて代役に仲代を立てる位なら、黙認すべきだった間違いなく。そうすればきっと大傑作になってた筈だ。思い起こすとこの降板劇は結果として作品のクオリティに暗い影を落としたとても残念な話。
そんな事もないっすね
野伏せりは元は君主に仕えてた武士崩れで元武家なりのプライドが奥底で燻ってたとしたら、百性如きが雇った浪人崩れ共なんぞに負ける訳には行かないと考えても不思議ではない。また一方的な野盗に明け暮れる中、久々に巡って来た元武家なりのまともな「戦」だと捉えてた可能性もある。さらに敗色濃厚な展開に陥った時、「このいくさから逃げ出す奴は全員必ず追手かけて撃ち殺す」と脅されても居た。大将と副大将共に絶対に闘いに勝つと考えてた以上、下っ端に逃げ出す勇気はないだろう。
よって野伏せり集団が決して利害一致のみで繋がる何の統制も取れてない烏合の集団ではないのは明らかで、野武士=ヤバくなったら皆散り散りとはならない。逃げ出す奴ばかりの筈って事は解釈上ない。一回観ただけでそのポイントは殆どの人が理解してる。