Celebrity 崔洋一、松田優作を語る「ショーケンと電話で罵りあってた」 2020-03-24 「CLUB DEJA-VU ONE NIGHT SHOW 松田優作・メモリアル・ライブ + 優作について私が知っている二、三の事柄」 DVD(2枚組)発売中 価格:6,900円+税 販売:東映株式会社 発売:東映ビデオ株式会社 (C)株式会社 セントラル・アーツ 11 Comments 加藤茶々丸 6年 ago なんで今になってこういう話をするの。ショーケンも亡くなって話しやすくなったってこと。よくないでしょ、こういうの。 Atlantique Love 6年 ago 優作はショーケンのファンだよね… 好きな余りジェラシーかな… to_min kamekichi 6年 ago 靖国神社をバカにする崔洋一は祖国に帰ってください。日本に居ても仕方ないだろ?船に乗って自分の国へ帰ってください。 里田k 6年 ago 今更お前が語るなよ。 Lazy Kean 6年 ago ショーケンも松田優作さんもどちらも好きなんだが、どちらもリスペクトしてたんだと言う話しは聞いたことがあるが、罵りあうって…死人に口無しだな本当に(怒) HAL正 6年 ago 崔さんお国帰らえてはと(´・-・`)何故に日本国にいらっしゃるので?それ程嫌いな我が国にいるの?? Nori K 6年 ago 何だまだ日本に居たの?日本の英霊を汚す人間は日本に居る資格ナシ! sd sd 6年 ago まぁ、おどれはだぁっとれやって言われて終わりだよね。 えのちゃんえのちゃん 5年 ago これはホントの話ですね。1982年頃かで、1984年発売のショーケン著作の「俺の人生どっかおかしい」に書いてありましたね。当時は名前書いてませんでしたが、原田芳雄さんの真似ばかりしている俳優って、その後2009年のショーケン著作「ショーケン」に名前が書いてありましたね。TVのプロヂューサーと家で仕事の打ち合わせしてたら、松田優作から、皆で家で飲んでるから、「健ちゃんも来なよ。」と。それで断ったら口論になったと。松田優作の死後の本に、脚本家の久世さんと、崔監督との対談で、このエピソードの松田優作宅に崔監督が居て、この顛末を話してましたね。ここまで、埼玉、下関が、の話は出てませんでしたが。その前にも1981年の裕也さんプロデュースのニューイヤーロックフェスティバルの後に、ショーケンの家で松田優作と口論になってますね。松田優作がショーケンの物まねばかりしてるので、ショーケンがそれを咎めて。止められなくなったので、いしだあゆみさんが、裕也さんと力也さんを電話で呼んで、力也さんが仲裁したとか語ってますね、吉田豪さんのインタビュー本で。確かに1981年のニューイヤーロックフェスティバルの松田優作さんの恰好は、前年のショーケンと柳ジョージ&レイニーウッド時の恰好の真似かと思うようないで立ちでしたしね。 Eiji Aquarius 5年 ago 崔洋一監督から見れば、松田優作も萩原健一もひとりの俳優であり、言ってみれば「芝居の駒」。そうでなければ映画監督なんかできないし、松田優作さんと仕事で対等に話すこともできない。あと、コメントで在日うんぬん言っている人がいるけど、不快。松田優作さんにも本人の目の前で「おい在日、国へ帰れ」とか言えるのかね? orange K-24 5年 ago コイツ何、自分の武勇伝語りたいの?悪いけど動画観ずに題目だけ見てコメントしてみた。だって自分上げばかりだろ、どーせ。興味ないし。Write A Commentコメントを投稿するにはログインしてください。
えのちゃんえのちゃん 5年 ago これはホントの話ですね。1982年頃かで、1984年発売のショーケン著作の「俺の人生どっかおかしい」に書いてありましたね。当時は名前書いてませんでしたが、原田芳雄さんの真似ばかりしている俳優って、その後2009年のショーケン著作「ショーケン」に名前が書いてありましたね。TVのプロヂューサーと家で仕事の打ち合わせしてたら、松田優作から、皆で家で飲んでるから、「健ちゃんも来なよ。」と。それで断ったら口論になったと。松田優作の死後の本に、脚本家の久世さんと、崔監督との対談で、このエピソードの松田優作宅に崔監督が居て、この顛末を話してましたね。ここまで、埼玉、下関が、の話は出てませんでしたが。その前にも1981年の裕也さんプロデュースのニューイヤーロックフェスティバルの後に、ショーケンの家で松田優作と口論になってますね。松田優作がショーケンの物まねばかりしてるので、ショーケンがそれを咎めて。止められなくなったので、いしだあゆみさんが、裕也さんと力也さんを電話で呼んで、力也さんが仲裁したとか語ってますね、吉田豪さんのインタビュー本で。確かに1981年のニューイヤーロックフェスティバルの松田優作さんの恰好は、前年のショーケンと柳ジョージ&レイニーウッド時の恰好の真似かと思うようないで立ちでしたしね。
Eiji Aquarius 5年 ago 崔洋一監督から見れば、松田優作も萩原健一もひとりの俳優であり、言ってみれば「芝居の駒」。そうでなければ映画監督なんかできないし、松田優作さんと仕事で対等に話すこともできない。あと、コメントで在日うんぬん言っている人がいるけど、不快。松田優作さんにも本人の目の前で「おい在日、国へ帰れ」とか言えるのかね?
11 Comments
なんで今になってこういう話をするの。ショーケンも亡くなって話しやすくなったってこと。よくないでしょ、こういうの。
優作はショーケンのファンだよね… 好きな余りジェラシーかな…
靖国神社をバカにする崔洋一は祖国に帰ってください。日本に居ても仕方ないだろ?船に乗って自分の国へ帰ってください。
今更お前が語るなよ。
ショーケンも松田優作さんもどちらも好きなんだが、どちらもリスペクトしてたんだと言う話しは聞いたことがあるが、罵りあうって…死人に口無しだな本当に(怒)
崔さんお国帰らえてはと(´・-・`)
何故に日本国にいらっしゃるので?
それ程嫌いな我が国にいるの??
何だまだ日本に居たの?
日本の英霊を汚す人間は日本に居る資格ナシ!
まぁ、おどれはだぁっとれやって言われて終わりだよね。
これはホントの話ですね。1982年頃かで、1984年発売のショーケン著作の「俺の人生どっかおかしい」に書いてありましたね。当時は名前書いてませんでしたが、原田芳雄さんの真似ばかりしている俳優って、その後2009年のショーケン著作「ショーケン」に名前が書いてありましたね。TVのプロヂューサーと家で仕事の打ち合わせしてたら、松田優作から、皆で家で飲んでるから、「健ちゃんも来なよ。」と。それで断ったら口論になったと。松田優作の死後の本に、脚本家の久世さんと、崔監督との対談で、このエピソードの松田優作宅に崔監督が居て、この顛末を話してましたね。ここまで、埼玉、下関が、の話は出てませんでしたが。その前にも1981年の裕也さんプロデュースのニューイヤーロックフェスティバルの後に、ショーケンの家で松田優作と口論になってますね。松田優作がショーケンの物まねばかりしてるので、ショーケンがそれを咎めて。止められなくなったので、いしだあゆみさんが、裕也さんと力也さんを電話で呼んで、力也さんが仲裁したとか語ってますね、吉田豪さんのインタビュー本で。確かに1981年のニューイヤーロックフェスティバルの松田優作さんの恰好は、前年のショーケンと柳ジョージ&レイニーウッド時の恰好の真似かと思うようないで立ちでしたしね。
崔洋一監督から見れば、松田優作も萩原健一もひとりの俳優であり、言ってみれば「芝居の駒」。
そうでなければ映画監督なんかできないし、松田優作さんと仕事で対等に話すこともできない。あと、コメントで在日うんぬん言っている人がいるけど、不快。松田優作さんにも本人の目の前で「おい在日、国へ帰れ」とか言えるのかね?
コイツ何、自分の武勇伝語りたいの?悪いけど動画観ずに題目だけ見てコメントしてみた。だって自分上げばかりだろ、どーせ。興味ないし。