徳川家康と織田信長は清洲同盟を締結して21年間の同盟関係を続けたが、冷酷な信長の仕打ちに耐えた類い稀な家康の忍耐力によって同盟は信長が本能寺で明智光秀に討たれるまで維持された。

#日本史 #どうする家康

2 Comments

  1. 基本的には正しい内容だと思うけど一部おかしいと思う。信長は家康を幼少期からの記憶を頼りに信頼できるから清州同盟を結んだっぽく話しが進んでるけど、史実は信長が知多の水野氏に三河松平家を滅ぼせと命じて2年近くも織田家と松平家(徳川家)は交戦しており徳川方が強すぎたことと水野と徳川が戦ってるフリだけをして実際は八百長をしてたことを信長は知ってしまったのでこれはもう滅ぼすのは無理だと感じての清州同盟だったはず。

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