#柴田恭兵#関係ないね#柴田恭兵モノマネ

「みなさん、柴田恭兵の『関係ないねっ!』って、聞いたことありますか
そう、俳優・柴田恭兵の、あのキメ台詞です。
でも実はこのセリフ、柴田恭兵本人が広めたわけではありません。

「舞台は1988年7月2日公開の映画『またまたあぶない刑事』。
劇中で柴田恭兵演じる大下勇次が、たった一度だけ放ったこの一言。
『関係ないね』このセリフがのちに大流行し、柴田恭兵の代名詞となりました。

しかし!
この『関係ないね』を広めた立役者は
タレント田代まさしです。

彼は、自身のXでこう語っています。
『あのう、最初に“関係ないね”って言ったの、僕なんですけど』と

「柴田恭兵本人に
『僕、関係ないねって言ったことないんだよね』
と告げられたこともあるそうです。

いずれにしろ、田代まさしがモノマネで多用した結果、
いつしか『関係ないね』が柴田さんのイメージとして定着しました。

実際にテレビのものまね番組の動画がありましたので、みてください。

さて、田代まさしの経歴をふりかえってみます。

田代まさしは、1956年、母の故郷である佐賀県に生まれました。
生後間もなく両親が離婚し、母親に引き取られて育ちます。
母は夜の仕事をしながら田代さんを育てましたが、寂しさの中で田代さんは徐々に素行不良に走っていきました。
中学時代には酒や煙草、シンナーに手を出し、新宿の映画館に通う日々を過ごします。

高校では、後に盟友となる鈴木雅之さんと出会い、音楽を通じて深い友情を築きます。
高校卒業後、さまざまな仕事を経験する中、1978年、トラック運転手となり、生活を支えました。

そして1980年、田代は「シャネルズ」のメンバーとしてメジャーデビュー。
デビュー曲「ランナウェイ」は大ヒットし、彼らは一躍スターダムへ駆け上がります。
グループ名を「ラッツ&スター」と改めた後も、多くのヒット曲を生み出し、田代さんもソロ活動や作詞、タレント活動に挑戦していきました。

1986年ごろからは、志村けんさんに見出されバラエティ番組にも出演。
「ダジャレの帝王」として親しまれ、人気タレントの地位を確立します。
テレビ、CM、映画、ゲームなど幅広いフィールドで活躍を見せました。

しかし、2000年、盗撮事件を皮切りに、田代さんの人生は暗転します。
フジテレビのアシスタントディレクターに言われ、覚醒剤に手を出し、逮捕、裁判、服役を経験。
長年築いた信頼とキャリアを一瞬で失ってしまいました。
その後も再犯を繰り返し、芸能界から完全に姿を消します。

2008年に刑期を終えて出所した後は、依存症リハビリ施設での活動や、自身の過去を語る講演会を行うなど、更生への道を模索しました。
しかし、完全な復帰は叶わず、再び逮捕されるなど、苦しい戦いが続きました。

現在も、田代は自らの過去と向き合いながら、再起を目指して歩み続けています。彼の人生は、栄光と挫折、希望と絶望が交錯する、まさに波乱万丈そのものです。

もし、田代が覚醒剤に手をださなければ、志村けんを継ぐコント王になってたと思いませんか?

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