シリーズ第2弾「有田哲平の日テレプロレス噺2」が2月16日に後楽園ホールで開催決定!それを記念して、前回の第1弾の模様をPart2としてさらにプレイバック!2026年1月12日(月)までチケット先行受付中(抽選)。詳細はhttps://www.ntv.co.jp/aritapro

26 Comments

  1. この試合は試合内容は勿論やけど福澤アナの「川田利明、油断も隙もあったもんじゃーございません」、「わたくし逃げる三沢を目の当たりにしました」 
    「美しくもいやしかし儚い師弟愛」、「川田利明とことん技に拘ります」といった実況コメントが特に印象に残ってます。
    正に名試合に名実況ありを表した試合やった。

  2. この試合はまさしく今のプロレスにない闘い。とにかく息するのを忘れるくらい集中した。

  3. この時代のプロレスを知っていて今のプロレスは今のプロレスと割り切って楽しめてるファンは凄い。私は無理でした。

  4. この95年は東京ドームの親日 VS Uインターという歴史的大会のあった年でプロレス界隈だけでなくサブカル界隈も巻き込んだムーブメントだった。
    その大会のメインイベントの武藤 VS 高田は説得力のある内容で年間ベストバウト間違いなしと思われたが結果はこの世界タッグ戦が受賞した。

    この結果に全日本プロレスの譲れないもの、アイデンティティとか言葉に出来ない自分がもどかしいが全日本プロレスのファンで良かったと心から思えたな。

  5. この日にあった世界ジュニア戦のクロファットVSロブ・ヴァンダムも名試合でした!

  6. 三沢光晴、川田利明、小橋建太、田上明を総称して「四天王」と名付けたのは元東スポ記者で現在新日本プロレスの解説者でおなじみの柴田惣一さんだそうです。
    93年5月21日(金)札幌中島体育館センター大会での4大シングルマッチで三沢、川田、小橋、田上が、当時「外国人四天王」と呼ばれていたスタンハンセン、ダニースパイビー、スティーブウィリアムス、テリーゴディに勝利した後に当時記者だった柴田惣一さんが記事の見出しに「四天王時代到来」と書いたことで三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明を総称して四天王と呼ばれるようになったそうです。

  7. この当時にこれだけの試合をする全日本プロレスは桁外れ‼️
    新日本プロレスも凄かったけど全日選手のがひと回り体がデカかったもんなぁ〜😅

  8. 今と昔を比較するのは苦手なので、感想としては…四天王プロレスはプロレスを超えたプロレス。
    所謂"超プロレス"だと思います。
    これが約30年前だという事実に只々、考えられない攻め方への驚愕とそれを全力で受け止める守りに脱帽とどんなに過酷で劣勢な状況でも諦めない心からの賛辞と勝敗を度外視しても最後まで戦い抜いてくれた事が感動…という気持ちです。

  9. 三沢選手の胸筋とお腹のスリムさ。川田選手のギュッと詰まった上半身。田上選手の身のこなし。
    NOAH絶対王者時代の小橋選手を除けば、まさにこの90年代後半が四天王の全盛期だった。すごい時代でした。(小橋選手はずっと膝が悪くて、むしろNOAHでの膝手術復帰後の方が動けていた。)
    有田さんはユーモア含めて言っていましたが、本当に四天王プロレスはもうやってはならない。本当に。

  10. 新日本ファンだった自分が三沢対小橋に一瞬で心奪われたそれぐらい2人は凄かった

  11. 四天王プロレスは、新日以上のストロングスタイルを見せてくれた。

  12. まさにこれ以上はないというプロレス最高到達点の試合でした❗

  13. この試合は単体で見ても1本の映画のようにドラマティックなのですが、川田さんが超世代群離脱 → 田上さんと世界タッグ王者になるも早期に陥落 → 三沢さんと小橋さんのタッグは最強タッグ2連覇(小橋さんの川田さんからのフォール勝ち含む)・世界タッグ王座を保持 → 世界タッグ戦における四天王対決では60分時間切れを繰り返し川田・田上組に白星なし ・・・ という流れからの大河ドラマの1編でもありました。三沢・小橋組が全日本の正統派として位置づけられており、小橋さんが将来のエースの流れが始まっていました。川田・田上組はこの試合で負ければその流れから取り残される状況でした。

    この試合では三沢・小橋組が両者とも負傷を抱えていたため、川田・田上組は勝っても当たり前、三沢・小橋組は負傷しているからといって弱々しいところを見せれば評価が下がってしまう。そこで川田さんは三沢・小橋組の両者を怒らせて本気を引き出した上で勝とうとした、三沢さんと小橋さんは負傷を言い訳にしようとせず最後まで責任感と意地を見せた、田上さんもそれに付いていって川田さん初の三沢さんからのフォール勝ちをバックアップした。これらの要素が絡み合って稀に見る名勝負となったのだと思っています。