Celebrity 志村喬が死ぬまで隠し通した秘密。「七人の侍」の莫大なギャラが消えた本当の理由。黒澤明も晩年に涙した真実! 2026-02-13 志村喬が死ぬまで隠し通した秘密。「七人の侍」の莫大なギャラが消えた本当の理由。黒澤明も晩年に涙した真実! 39 Comments @増井保弘 2か月 ago 昭和の時代、日本に「志村喬」さんという偉大な名優を決して忘れてはいけない!!と強く感じました。ありがとうございます。 @mas1127-or2vj 2か月 ago 日本人はこの手のウソ話を信じやすいんだね。 @黒田昭男-e3p 2か月 ago 心に響きました。私には出来ませんが。本当に戦争で亡くなった友の事を思うと、こういう生き方しかできなかったのだと思います。悲惨な無くなり方をした友の事を思うと、こうするしか、なかったのだと思います。生き残った、自分が、お金で幸せになる事が許せなかったのだと思います。 @パスハ-v5e 2か月 ago お子さんはいませんよ。奥さま、高倉健、中井貴一が仲良くて食事によく行っていたと「徹子の部屋」で話していましたよ。 @パスハ-v5e 2か月 ago 「男はつらいよ」のひろしさんのお父さま役も素敵でしたね。 @TK-vf1we 2か月 ago 利他的とは思えない人離れした聖人のような善行は、罪滅ぼしかもしれませんね(この話が本当なら)。These saintly, unselfish acts of kindness may be a way to atone for sins. @togkei 2か月 ago 自ら栄養失調で倒れ、家族を犠牲にして、経理課長に秘守義務をおわせ、匿名で寄付をする。周囲も善いことだとしてヘンだと思っていない。何だか人としてわかりにくい謎めいた逸話です。タイガーマスクの奇妙な贈り物の騒動とかぶりますね。 @imagine225 2か月 ago 彼の主演した映画を初めてみたのは生きるという作品だった。今調べたら、この映画は1952年製作だった。こんなに昔のものだとは知らなかった。その映画の中で彼の演技は鬼気迫るものだったが、その時の彼の実人生がこのようなものであったとは思いもよらなかった。この動画を見ながらも涙がとめどなく流れて乾く暇もなかった。寄付を受けた人間の心の負担まで思い図って気を配る心の持ち主であったとは・・・。久しぶりに衝撃を受けた心に残る動画だった。 @koike2211 2か月 ago 素晴らしい話なのに 朗読の 日本語から外れた読み 残念 @venturesal 2か月 ago 感動しました。ネットで志村さんの映画のアーカイブを探します。 @十八夜 2か月 ago 存在感のある俳優でした @piran-f6e 2か月 ago Samoraii rashi otoko…..❤ @KatTanaka 2か月 ago I love this story…hopefully it's all true. I believe one thing in life for sure. We were born for reasons called love. When you find that reason, you are on your own….there is a way that love can lead you! @久米圭一-y4q 2か月 ago 志村喬は芸名で、本名は島崎莞爾で、奥さんの名前が志村(チヨコ?)の志村と言うのはナンセンスだ!……本名の島崎(チヨコ)と表現(ナレーション)するのが、普通では……志村氏には実子がいないと聞いていたが?…… @伊藤S-q8h 2か月 ago 腐った政治家に聞かせたい素晴らしい話、だがその腐った耳には聞こえないだろうな! @poochansan2453 2か月 ago 志村さん素晴らしいです!しかし奥様はもっと素晴らしいです!良い話しをありがとうございます🙏 @tweetyyellowbird 2か月 ago これ程感銘を受ける動画の解説がくそAIに依存して作成されたとは残念で悲しい、日本語の原稿を自らの擬くで読み通したい @烏山石煙 2か月 ago 「生き物の記録」で核戦争の恐怖に怯える主人公の老人を演じたのは志村喬じゃないぞ。三船敏郎だぞ。 @宮本通-q7w 2か月 ago AIは、賢くならねばならないです。修正して流せばいいだけです。 @toshiakihosoi2158 2か月 ago 「生きる」という映画は、事実なら黒澤が志村喬をモデルに作ったのかも知れない。と、思いたくなる内容です。外国でリメイクもされてます。 @柴崎悦子仮-w6s6h 2か月 ago 志村さんね、男はつらいよでヒロシのお父様役でしたね。朴訥とした佇まいでなんともいえない素敵なダンディズムの塊みたいな人ですね。 @hajimekudo-k7k 2か月 ago 心に刃を置いて人と読む @正孝-u8k 2か月 ago 生きるが1番好き 1:15:44 @靖田中-h3t 2か月 ago しちにんのむらいだよ。にちにんのさむらいと聞こえるよ。 @タカエツ-h6t 2か月 ago いい話です、感動しました。ところどころ支離滅裂な部分は有るけど、関係ないです @照々坊主-r41 2か月 ago このような日本人は今では居なくなった。岩屋よ石破よ岸田よ貴様たちには分からんだろう。居るんだよ一昔の人々には!今の強欲人間と違ってさ、見習わなくちゃね。🌟🤗 @和足蓮見 2か月 ago 西武劇として、七人のサムライ、ありがとう御座いました、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎さん、アメリカ合衆国ではタイトル、荒野の七人、アメリカ合衆国では日本人は太平洋戦争以来、大変な事でした。七人のサムライ、配給をありがとう御座いました。御冥福を祈り申し上げます。合掌、 @mateulisakid 2か月 ago 志村 喬 (たかし)の名前が「たこし」に始まって「さとし」だの数々変化しているので動画主の作であることがわかるが気障りになる。事実かどうか訝しいが、いい俳優だった。 @赤ひげ 2か月 ago どのような魂胆でこのような作り話をでっち上げたのか知らんが、志村喬の名前の読みもいい加減なまま垂れ流し、「生きものの記録」「赤ひげ」の主演は三船敏郎というこの程度の知識すら知らない厚顔無恥ぶりで、ましてや志村喬には子供はいなかったし、夫人は神戸の料亭の娘さん。因みに住居は成城。ほら話の美談で、却って故人を貶めるな。 @斉藤光博-h5t 2か月 ago 涙が出ます。❤ @heya-s6u 2か月 ago 素晴らしい役者としか認識は無かったが、初めて知る事実に驚いた。志村氏も勿論素晴らしいが、その妻がこれも素晴らしい女性で涙を誘われました。 @甘木太郎-l7h 2か月 ago Three Kingdomsの司馬懿 仲達を見るたび思い出す。 @正-f7n 2か月 ago 人為これ程まで就くせる人は凄いです、涙が止まりませんん @kikino2906 2か月 ago そんなんですね。七人の侍見ました。深みのある俳優だと思いました。尊敬します。 @Utaira 2か月 ago せっかくの話が名前などの読み間違えで、やや興醒めです。できるなら修正されるようお願いいたします。 @yoshinoritanaka4538 2か月 ago Grokの結論:事実ではありません。AI生成を中心とした完全な創作・エンタメ動画と考えて間違いありません。感動したくなる作りは上手いですが、真に受けないほうがいいですよ。 @DCTOMS1 2か月 ago この動画には、私が知る限りでも幾つかの誤りがあります。志村さんを「ケチ」と言う俳優仲間が、果たしていたか?志村さんは揺るぎない映画俳優の座に就く前から、若い俳優仲間が志村さんを慕い、自宅に集まり食卓を囲んだそうです。その時、奥様も笑顔を絶やさず、こっそり近所の質屋へ自分の着物を持って行き、返えりに買い物をしもてなしていたそうです。そして生活費にさえこと欠く若い俳優たちは、少額の融通を志村さんに依頼し、どうにか俳優生活を続けてられていたので、彼ら若手俳優の間で『志村銀行』と呼ばれていたそうです。もう一つ『生きものの記録』で核戦争と水爆を恐怖し、病んでいく老人を演じたのは志村喬さんではなく、三船敏郎さんです。志村さんは同作では脇を固めています。また疑問がある点を一つ。当時の勤め人の100倍の俳優としての報酬を全額寄付に使ったとすると後に莫大な所得税だけが残ってしまいます。当時の高額所得者への累進課税は半端ではなかったはずです。近年の倍近い課税額だと思われますので。志村喬さんと言う俳優は、笠智衆さんと並んで、いにしえの明治の格調ある『日本人像』でした。くち数は少なく、厳しいさと毅然とした居住まいの中に温かさと謙虚さに満ちた、現代なら『勝ち組』には成りない人格です。 @赤木範男-f9k 2か月 ago このような人生を送りたい。後に続きます。 @阿部義治-h2f 2か月 ago 私は映画の中でしか、志村さんを知りません。戦後の世界にまるで神の世界の話ではないかと思う行いです。神の世界に帰られた後も、世界の平和を願っておられる、深く頭が下がります。私も恥ずかしくない生き方をしたいと深く感謝申し上げます。合掌🙏
@黒田昭男-e3p 2か月 ago 心に響きました。私には出来ませんが。本当に戦争で亡くなった友の事を思うと、こういう生き方しかできなかったのだと思います。悲惨な無くなり方をした友の事を思うと、こうするしか、なかったのだと思います。生き残った、自分が、お金で幸せになる事が許せなかったのだと思います。
@TK-vf1we 2か月 ago 利他的とは思えない人離れした聖人のような善行は、罪滅ぼしかもしれませんね(この話が本当なら)。These saintly, unselfish acts of kindness may be a way to atone for sins.
@togkei 2か月 ago 自ら栄養失調で倒れ、家族を犠牲にして、経理課長に秘守義務をおわせ、匿名で寄付をする。周囲も善いことだとしてヘンだと思っていない。何だか人としてわかりにくい謎めいた逸話です。タイガーマスクの奇妙な贈り物の騒動とかぶりますね。
@imagine225 2か月 ago 彼の主演した映画を初めてみたのは生きるという作品だった。今調べたら、この映画は1952年製作だった。こんなに昔のものだとは知らなかった。その映画の中で彼の演技は鬼気迫るものだったが、その時の彼の実人生がこのようなものであったとは思いもよらなかった。この動画を見ながらも涙がとめどなく流れて乾く暇もなかった。寄付を受けた人間の心の負担まで思い図って気を配る心の持ち主であったとは・・・。久しぶりに衝撃を受けた心に残る動画だった。
@KatTanaka 2か月 ago I love this story…hopefully it's all true. I believe one thing in life for sure. We were born for reasons called love. When you find that reason, you are on your own….there is a way that love can lead you!
@久米圭一-y4q 2か月 ago 志村喬は芸名で、本名は島崎莞爾で、奥さんの名前が志村(チヨコ?)の志村と言うのはナンセンスだ!……本名の島崎(チヨコ)と表現(ナレーション)するのが、普通では……志村氏には実子がいないと聞いていたが?……
@和足蓮見 2か月 ago 西武劇として、七人のサムライ、ありがとう御座いました、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎さん、アメリカ合衆国ではタイトル、荒野の七人、アメリカ合衆国では日本人は太平洋戦争以来、大変な事でした。七人のサムライ、配給をありがとう御座いました。御冥福を祈り申し上げます。合掌、
@mateulisakid 2か月 ago 志村 喬 (たかし)の名前が「たこし」に始まって「さとし」だの数々変化しているので動画主の作であることがわかるが気障りになる。事実かどうか訝しいが、いい俳優だった。
@赤ひげ 2か月 ago どのような魂胆でこのような作り話をでっち上げたのか知らんが、志村喬の名前の読みもいい加減なまま垂れ流し、「生きものの記録」「赤ひげ」の主演は三船敏郎というこの程度の知識すら知らない厚顔無恥ぶりで、ましてや志村喬には子供はいなかったし、夫人は神戸の料亭の娘さん。因みに住居は成城。ほら話の美談で、却って故人を貶めるな。
@yoshinoritanaka4538 2か月 ago Grokの結論:事実ではありません。AI生成を中心とした完全な創作・エンタメ動画と考えて間違いありません。感動したくなる作りは上手いですが、真に受けないほうがいいですよ。
@DCTOMS1 2か月 ago この動画には、私が知る限りでも幾つかの誤りがあります。志村さんを「ケチ」と言う俳優仲間が、果たしていたか?志村さんは揺るぎない映画俳優の座に就く前から、若い俳優仲間が志村さんを慕い、自宅に集まり食卓を囲んだそうです。その時、奥様も笑顔を絶やさず、こっそり近所の質屋へ自分の着物を持って行き、返えりに買い物をしもてなしていたそうです。そして生活費にさえこと欠く若い俳優たちは、少額の融通を志村さんに依頼し、どうにか俳優生活を続けてられていたので、彼ら若手俳優の間で『志村銀行』と呼ばれていたそうです。もう一つ『生きものの記録』で核戦争と水爆を恐怖し、病んでいく老人を演じたのは志村喬さんではなく、三船敏郎さんです。志村さんは同作では脇を固めています。また疑問がある点を一つ。当時の勤め人の100倍の俳優としての報酬を全額寄付に使ったとすると後に莫大な所得税だけが残ってしまいます。当時の高額所得者への累進課税は半端ではなかったはずです。近年の倍近い課税額だと思われますので。志村喬さんと言う俳優は、笠智衆さんと並んで、いにしえの明治の格調ある『日本人像』でした。くち数は少なく、厳しいさと毅然とした居住まいの中に温かさと謙虚さに満ちた、現代なら『勝ち組』には成りない人格です。
@阿部義治-h2f 2か月 ago 私は映画の中でしか、志村さんを知りません。戦後の世界にまるで神の世界の話ではないかと思う行いです。神の世界に帰られた後も、世界の平和を願っておられる、深く頭が下がります。私も恥ずかしくない生き方をしたいと深く感謝申し上げます。合掌🙏
39 Comments
昭和の時代、日本に「志村喬」さんという偉大な名優を決して忘れてはいけない!!と強く感じました。ありがとうございます。
日本人はこの手のウソ話を
信じやすいんだね。
心に響きました。
私には出来ませんが。
本当に戦争で亡くなった友の事を思うと、こういう生き方しかできなかったのだと思います。
悲惨な無くなり方をした友の事を思うと、こうするしか、なかったのだと思います。
生き残った、自分が、お金で幸せになる事が許せなかったのだと思います。
お子さんはいませんよ。
奥さま、高倉健、中井貴一が
仲良くて食事によく行っていたと
「徹子の部屋」で話していましたよ。
「男はつらいよ」のひろしさんのお父さま役も素敵でしたね。
利他的とは思えない人離れした聖人のような善行は、罪滅ぼしかもしれませんね(この話が本当なら)。
These saintly, unselfish acts of kindness may be a way to atone for sins.
自ら栄養失調で倒れ、家族を犠牲にして、経理課長に秘守義務をおわせ、匿名で寄付をする。
周囲も善いことだとしてヘンだと思っていない。何だか人としてわかりにくい謎めいた逸話です。
タイガーマスクの奇妙な贈り物の騒動とかぶりますね。
彼の主演した映画を初めてみたのは生きるという作品だった。今調べたら、この映画は1952年製作だった。こんなに昔のものだとは知らなかった。その映画の中で彼の演技は鬼気迫るものだったが、その時の彼の実人生がこのようなものであったとは思いもよらなかった。この動画を見ながらも涙がとめどなく流れて乾く暇もなかった。寄付を受けた人間の心の負担まで思い図って気を配る心の持ち主であったとは・・・。
久しぶりに衝撃を受けた心に残る動画だった。
素晴らしい話なのに 朗読の 日本語から外れた読み 残念
感動しました。
ネットで志村さんの映画のアーカイブを探します。
存在感のある俳優でした
Samoraii rashi otoko…..❤
I love this story…hopefully it's all true. I believe one thing in life for sure. We were born for reasons called love. When you find that reason, you are on your own….there is a way that love can lead you!
志村喬は芸名で、本名は島崎莞爾で、奥さんの名前が志村(チヨコ?)の志村と言うのはナンセンスだ!……本名の島崎(チヨコ)と表現(ナレーション)するのが、普通では……志村氏には実子がいないと聞いていたが?……
腐った政治家に聞かせたい素晴らしい話、だがその腐った耳には聞こえないだろうな!
志村さん素晴らしいです!しかし奥様はもっと素晴らしいです!良い話しをありがとうございます🙏
これ程感銘を受ける動画の解説がくそAIに依存して作成されたとは残念で悲しい、日本語の原稿を自らの擬くで読み通したい
「生き物の記録」で核戦争の恐怖に怯える主人公の老人を演じたのは志村喬じゃないぞ。三船敏郎だぞ。
AIは、賢くならねばならないです。
修正して流せばいいだけです。
「生きる」という映画は、事実なら黒澤が志村喬をモデルに作ったのかも知れない。と、思いたくなる内容です。外国でリメイクもされてます。
志村さんね、男はつらいよでヒロシのお父様役でしたね。朴訥とした佇まいでなんともいえない素敵なダンディズムの塊みたいな人ですね。
心に刃を置いて人と読む
生きるが1番好き 1:15:44
しちにんのむらいだよ。にちにんのさむらいと聞こえるよ。
いい話です、感動しました。
ところどころ支離滅裂な部分は有るけど、関係ないです
このような日本人は今では居なくなった。
岩屋よ石破よ岸田よ貴様たちには分からんだろう。
居るんだよ一昔の人々には!今の強欲人間と違ってさ、見習わなくちゃね。🌟🤗
西武劇として、七人のサムライ、ありがとう御座いました、チャールズ・ブロンソン、三船敏郎さん、アメリカ合衆国ではタイトル、荒野の七人、アメリカ合衆国では日本人は太平洋戦争以来、大変な事でした。七人のサムライ、配給をありがとう御座いました。御冥福を祈り申し上げます。合掌、
志村 喬 (たかし)の名前が「たこし」に始まって「さとし」だの数々変化しているので動画主の作であることがわかるが気障りになる。
事実かどうか訝しいが、いい俳優だった。
どのような魂胆でこのような作り話をでっち上げたのか知らんが、志村喬の名前の読みもいい加減なまま垂れ流し、「生きものの記録」「赤ひげ」の主演は三船敏郎というこの程度の知識すら知らない厚顔無恥ぶりで、ましてや志村喬には子供はいなかったし、夫人は神戸の料亭の娘さん。因みに住居は成城。ほら話の美談で、却って故人を貶めるな。
涙が出ます。❤
素晴らしい役者としか認識は無かったが、初めて知る事実に驚いた。志村氏も勿論素晴らしいが、その妻がこれも素晴らしい女性で
涙を誘われました。
Three Kingdomsの司馬懿 仲達を見るたび思い出す。
人為これ程まで就くせる人は凄いです、涙が止まりませんん
そんなんですね。七人の侍見ました。深みのある俳優だと思いました。尊敬します。
せっかくの話が名前などの読み間違えで、やや興醒めです。できるなら修正されるようお願いいたします。
Grokの結論:事実ではありません。AI生成を中心とした完全な創作・エンタメ動画と考えて間違いありません。感動したくなる作りは上手いですが、真に受けないほうがいいですよ。
この動画には、私が知る限りでも幾つかの誤りがあります。
志村さんを「ケチ」と言う俳優仲間が、果たしていたか?
志村さんは揺るぎない映画俳優の座に就く前から、若い俳優仲間が
志村さんを慕い、自宅に集まり食卓を囲んだそうです。
その時、奥様も笑顔を絶やさず、こっそり近所の質屋へ自分の着物を持って行き、返えりに買い物をしもてなしていたそうです。
そして生活費にさえこと欠く若い俳優たちは、少額の融通を志村さんに依頼し、どうにか俳優生活を続けてられていたので、彼ら若手俳優の間で『志村銀行』と呼ばれていたそうです。
もう一つ『生きものの記録』で核戦争と水爆を恐怖し、病んでいく老人を演じたのは志村喬さんではなく、三船敏郎さんです。
志村さんは同作では脇を固めています。
また疑問がある点を一つ。当時の勤め人の100倍の俳優としての報酬を全額寄付に使ったとすると後に莫大な所得税だけが残って
しまいます。当時の高額所得者への累進課税は半端ではなかったはずです。近年の倍近い課税額だと思われますので。
志村喬さんと言う俳優は、笠智衆さんと並んで、いにしえの明治の
格調ある『日本人像』でした。
くち数は少なく、厳しいさと毅然とした居住まいの中に温かさと
謙虚さに満ちた、現代なら『勝ち組』には成りない人格です。
このような人生を送りたい。
後に続きます。
私は映画の中でしか、志村さんを知りません。戦後の世界にまるで神の世界の話ではないかと思う行いです。神の世界に帰られた後も、世界の平和を願っておられる、深く頭が下がります。私も恥ずかしくない生き方をしたいと深く感謝申し上げます。合掌🙏