#赤塚不二夫 #タモリ #漫画家 #お笑い芸人

本チャンネルでは以下の音声を使用させて頂いております。・VOICEVOX:四国めたん

29 Comments

  1. 勧進帳とはいえ、それを言葉を詰まらせることなく スラスラと読み上げ それをまた、一つの作品として、 師匠とも 盟友とも 言える赤塚不二夫を送り出せたというのは すごいことだと思います。

  2. 動画の通り、タモリは売れてない頃赤塚と飲み屋に行ってはそれでその場で即興芸の白紙の弔辞を読んでた。弔辞を読む白紙の先にはいつもケラケラ笑う赤塚がいた。つまりあれは二人だけに意味の分かる即興芸を最後に見せて赤塚を見送ったのよ。

  3. 赤塚先生の知遇を得てなかったとしたら、タモリさんはどうなっていたろう。やはり誰かに見出されて世に出てきたか、福岡の面白いオッチャンで生涯を過ごしていたのか。分からないけど、やはり自らは赤塚の作品である、という弔辞がしっくりくるので、赤塚無くしてタモリなし、だったように思う。

  4. タモリさんの芸は一般的にいわれる「お笑い」とは完全に方向が違う タモリさんのお笑いは相方やパートナーを必要とせず、観客も爆笑も必要としてない タモリさん1人で完結してる タモリの前にタモリなし、タモリの後にタモリなし 唯一無二の存在

  5. 赤塚先生ならきっと
    「これでいいのだ!」
    と言ってくれそうな弔辞だったな。

  6. 赤塚さんも売れなかった時代に寺田ヒロさんに小遣いもらって食わせてもらったからそれを受け継いだんだな。

  7. タモリや所ジョージってTVというメディアが
    あったからこそ出て来たタイプの人だよね。
    ビートたけしは演芸場でキップ切りからやって
    きたまさに”芸人”だけどタモリや所ジョージは
    そういう芸人の下積み時代が無くポンと出て
    来た感じ。漫才や落語の様な決まったネタが
    無くてもその場で面白いことが言えたり出来
    たりすればいいというTV特有の性質で出て
    これた人達だと思う。
    まさにTV時代の申し子と言っていい。

  8. 赤塚先生もトキワ荘時代テラさんこと寺田ヒロオ先生に助けてもらった経験があるからタモリさんを助けたいと思ったのかな😊

  9. タモリさんに出会ったことでギャグ漫画へ向けてたオモシロの力をテレビに向けるようになったんだよね
    出会う前から漫画はアシスタントが描いてて本人はほぼ描いてなかったらしいけど以降はもっと加速したとか

  10. こんなに一緒にいるんだから愛し合うこともできるはずだってホモ行為(なんか違うという理由で未遂)までするのはすごい。

  11. ただ飲み歩いたのではなく、「芸を磨いた」ってのが世に認められる人間のスタンスなんだろうな。

  12. タモリは赤塚先生の告別式で
    私もあなたの作品だったと言った
    でも赤塚先生にとってはタモさんが
    ジェネレーターだったんだろね

  13. その赤塚不二夫先生も寺田ヒロオ先生から5万円でこれが尽きるまでマンガ描けるだけ描いてみたら?。と言われ助けてもらってる。
    そして、手塚先生の落とした穴を埋めて無事初連載を手に入れた。

  14. 知らない人がほとんどだと思うけれど笑っていいともが始まる時のタモリの評価は、売れてない頃の出川以下です。
    タモリなんかがお昼の番組に出ること自体おかしいし、勤まるはずが無いとの評価。
    ビックリですよね。

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