Celebrity 「有田哲平の日テレプロレス噺2」開催決定記念!第1弾プレイバック Part2 2026-01-04 シリーズ第2弾「有田哲平の日テレプロレス噺2」が2月16日に後楽園ホールで開催決定!それを記念して、前回の第1弾の模様をPart2としてさらにプレイバック!2026年1月12日(月)までチケット先行受付中(抽選)。詳細はhttps://www.ntv.co.jp/aritapro 26 Comments @Mrsasuke2002000 4か月 ago これを生で見れた自分は幸せもの @寅吉-w1h 4か月 ago この時代の川田さんだったら小川は絶対勝てないです @オランダミツバ-n3b 4か月 ago この試合は試合内容は勿論やけど福澤アナの「川田利明、油断も隙もあったもんじゃーございません」、「わたくし逃げる三沢を目の当たりにしました」 「美しくもいやしかし儚い師弟愛」、「川田利明とことん技に拘ります」といった実況コメントが特に印象に残ってます。正に名試合に名実況ありを表した試合やった。 @寅吉-w1h 4か月 ago 前田さんの長州さんの顔面蹴りがかわいく見えますね @yuutan1977 4か月 ago この試合はまさしく今のプロレスにない闘い。とにかく息するのを忘れるくらい集中した。 @寅吉-w1h 4か月 ago 全日本プロレスが分裂してなかったら今の総合格闘技はないですね @makihatayama 4か月 ago この時代のプロレスを知っていて今のプロレスは今のプロレスと割り切って楽しめてるファンは凄い。私は無理でした。 @オランダミツバ-n3b 4か月 ago この95年は東京ドームの親日 VS Uインターという歴史的大会のあった年でプロレス界隈だけでなくサブカル界隈も巻き込んだムーブメントだった。その大会のメインイベントの武藤 VS 高田は説得力のある内容で年間ベストバウト間違いなしと思われたが結果はこの世界タッグ戦が受賞した。この結果に全日本プロレスの譲れないもの、アイデンティティとか言葉に出来ない自分がもどかしいが全日本プロレスのファンで良かったと心から思えたな。 @kenji2351 4か月 ago この日にあった世界ジュニア戦のクロファットVSロブ・ヴァンダムも名試合でした! @ぶらぜる001 4か月 ago これが30年以上前ということに慄いている… @聡志-u7x 4か月 ago 三沢光晴、川田利明、小橋建太、田上明を総称して「四天王」と名付けたのは元東スポ記者で現在新日本プロレスの解説者でおなじみの柴田惣一さんだそうです。93年5月21日(金)札幌中島体育館センター大会での4大シングルマッチで三沢、川田、小橋、田上が、当時「外国人四天王」と呼ばれていたスタンハンセン、ダニースパイビー、スティーブウィリアムス、テリーゴディに勝利した後に当時記者だった柴田惣一さんが記事の見出しに「四天王時代到来」と書いたことで三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明を総称して四天王と呼ばれるようになったそうです。 @埼玉闘魂 4か月 ago この当時にこれだけの試合をする全日本プロレスは桁外れ‼️新日本プロレスも凄かったけど全日選手のがひと回り体がデカかったもんなぁ〜😅 @紳士貴族 4か月 ago 今と昔を比較するのは苦手なので、感想としては…四天王プロレスはプロレスを超えたプロレス。所謂"超プロレス"だと思います。これが約30年前だという事実に只々、考えられない攻め方への驚愕とそれを全力で受け止める守りに脱帽とどんなに過酷で劣勢な状況でも諦めない心からの賛辞と勝敗を度外視しても最後まで戦い抜いてくれた事が感動…という気持ちです。 @青山しげはる 4か月 ago この頃鶴田がいない全日に興味なかったです、後々見ましたけど @SY-rk1sf 4か月 ago 黄色い人がパワーボムwww @だヤマ-m9k 4か月 ago 聖鬼軍。ほんと怖さがあり、鬼だった。 @連光寺多摩 4か月 ago この頃は全日が確実に試合内容上でした( ・∀・) @fp8775 4か月 ago この実況も選手並に大変だよな。福沢さん、凄いよ。 @鈴木太郎-q8b 4か月 ago 三沢選手の胸筋とお腹のスリムさ。川田選手のギュッと詰まった上半身。田上選手の身のこなし。NOAH絶対王者時代の小橋選手を除けば、まさにこの90年代後半が四天王の全盛期だった。すごい時代でした。(小橋選手はずっと膝が悪くて、むしろNOAHでの膝手術復帰後の方が動けていた。)有田さんはユーモア含めて言っていましたが、本当に四天王プロレスはもうやってはならない。本当に。 @bob-kisaragi 4か月 ago オチが秀逸過ぎるやろw @JUN-xi5bl 4か月 ago 新日本ファンだった自分が三沢対小橋に一瞬で心奪われたそれぐらい2人は凄かった @ShingoO-p7c 4か月 ago まさにデンジャラスKって感じの試合 @真樹内藤 4か月 ago イービルは台本通り負けて新日本の利益に貢献した😊 @shuya9237 4か月 ago 四天王プロレスは、新日以上のストロングスタイルを見せてくれた。 @or5860 4か月 ago まさにこれ以上はないというプロレス最高到達点の試合でした❗ @doco_go 4か月 ago この試合は単体で見ても1本の映画のようにドラマティックなのですが、川田さんが超世代群離脱 → 田上さんと世界タッグ王者になるも早期に陥落 → 三沢さんと小橋さんのタッグは最強タッグ2連覇(小橋さんの川田さんからのフォール勝ち含む)・世界タッグ王座を保持 → 世界タッグ戦における四天王対決では60分時間切れを繰り返し川田・田上組に白星なし ・・・ という流れからの大河ドラマの1編でもありました。三沢・小橋組が全日本の正統派として位置づけられており、小橋さんが将来のエースの流れが始まっていました。川田・田上組はこの試合で負ければその流れから取り残される状況でした。この試合では三沢・小橋組が両者とも負傷を抱えていたため、川田・田上組は勝っても当たり前、三沢・小橋組は負傷しているからといって弱々しいところを見せれば評価が下がってしまう。そこで川田さんは三沢・小橋組の両者を怒らせて本気を引き出した上で勝とうとした、三沢さんと小橋さんは負傷を言い訳にしようとせず最後まで責任感と意地を見せた、田上さんもそれに付いていって川田さん初の三沢さんからのフォール勝ちをバックアップした。これらの要素が絡み合って稀に見る名勝負となったのだと思っています。
@オランダミツバ-n3b 4か月 ago この試合は試合内容は勿論やけど福澤アナの「川田利明、油断も隙もあったもんじゃーございません」、「わたくし逃げる三沢を目の当たりにしました」 「美しくもいやしかし儚い師弟愛」、「川田利明とことん技に拘ります」といった実況コメントが特に印象に残ってます。正に名試合に名実況ありを表した試合やった。
@オランダミツバ-n3b 4か月 ago この95年は東京ドームの親日 VS Uインターという歴史的大会のあった年でプロレス界隈だけでなくサブカル界隈も巻き込んだムーブメントだった。その大会のメインイベントの武藤 VS 高田は説得力のある内容で年間ベストバウト間違いなしと思われたが結果はこの世界タッグ戦が受賞した。この結果に全日本プロレスの譲れないもの、アイデンティティとか言葉に出来ない自分がもどかしいが全日本プロレスのファンで良かったと心から思えたな。
@聡志-u7x 4か月 ago 三沢光晴、川田利明、小橋建太、田上明を総称して「四天王」と名付けたのは元東スポ記者で現在新日本プロレスの解説者でおなじみの柴田惣一さんだそうです。93年5月21日(金)札幌中島体育館センター大会での4大シングルマッチで三沢、川田、小橋、田上が、当時「外国人四天王」と呼ばれていたスタンハンセン、ダニースパイビー、スティーブウィリアムス、テリーゴディに勝利した後に当時記者だった柴田惣一さんが記事の見出しに「四天王時代到来」と書いたことで三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明を総称して四天王と呼ばれるようになったそうです。
@紳士貴族 4か月 ago 今と昔を比較するのは苦手なので、感想としては…四天王プロレスはプロレスを超えたプロレス。所謂"超プロレス"だと思います。これが約30年前だという事実に只々、考えられない攻め方への驚愕とそれを全力で受け止める守りに脱帽とどんなに過酷で劣勢な状況でも諦めない心からの賛辞と勝敗を度外視しても最後まで戦い抜いてくれた事が感動…という気持ちです。
@鈴木太郎-q8b 4か月 ago 三沢選手の胸筋とお腹のスリムさ。川田選手のギュッと詰まった上半身。田上選手の身のこなし。NOAH絶対王者時代の小橋選手を除けば、まさにこの90年代後半が四天王の全盛期だった。すごい時代でした。(小橋選手はずっと膝が悪くて、むしろNOAHでの膝手術復帰後の方が動けていた。)有田さんはユーモア含めて言っていましたが、本当に四天王プロレスはもうやってはならない。本当に。
@doco_go 4か月 ago この試合は単体で見ても1本の映画のようにドラマティックなのですが、川田さんが超世代群離脱 → 田上さんと世界タッグ王者になるも早期に陥落 → 三沢さんと小橋さんのタッグは最強タッグ2連覇(小橋さんの川田さんからのフォール勝ち含む)・世界タッグ王座を保持 → 世界タッグ戦における四天王対決では60分時間切れを繰り返し川田・田上組に白星なし ・・・ という流れからの大河ドラマの1編でもありました。三沢・小橋組が全日本の正統派として位置づけられており、小橋さんが将来のエースの流れが始まっていました。川田・田上組はこの試合で負ければその流れから取り残される状況でした。この試合では三沢・小橋組が両者とも負傷を抱えていたため、川田・田上組は勝っても当たり前、三沢・小橋組は負傷しているからといって弱々しいところを見せれば評価が下がってしまう。そこで川田さんは三沢・小橋組の両者を怒らせて本気を引き出した上で勝とうとした、三沢さんと小橋さんは負傷を言い訳にしようとせず最後まで責任感と意地を見せた、田上さんもそれに付いていって川田さん初の三沢さんからのフォール勝ちをバックアップした。これらの要素が絡み合って稀に見る名勝負となったのだと思っています。
26 Comments
これを生で見れた自分は幸せもの
この時代の川田さんだったら小川は絶対勝てないです
この試合は試合内容は勿論やけど福澤アナの「川田利明、油断も隙もあったもんじゃーございません」、「わたくし逃げる三沢を目の当たりにしました」
「美しくもいやしかし儚い師弟愛」、「川田利明とことん技に拘ります」といった実況コメントが特に印象に残ってます。
正に名試合に名実況ありを表した試合やった。
前田さんの長州さんの顔面蹴りがかわいく見えますね
この試合はまさしく今のプロレスにない闘い。とにかく息するのを忘れるくらい集中した。
全日本プロレスが分裂してなかったら
今の総合格闘技はないですね
この時代のプロレスを知っていて今のプロレスは今のプロレスと割り切って楽しめてるファンは凄い。私は無理でした。
この95年は東京ドームの親日 VS Uインターという歴史的大会のあった年でプロレス界隈だけでなくサブカル界隈も巻き込んだムーブメントだった。
その大会のメインイベントの武藤 VS 高田は説得力のある内容で年間ベストバウト間違いなしと思われたが結果はこの世界タッグ戦が受賞した。
この結果に全日本プロレスの譲れないもの、アイデンティティとか言葉に出来ない自分がもどかしいが全日本プロレスのファンで良かったと心から思えたな。
この日にあった世界ジュニア戦のクロファットVSロブ・ヴァンダムも名試合でした!
これが30年以上前ということに慄いている…
三沢光晴、川田利明、小橋建太、田上明を総称して「四天王」と名付けたのは元東スポ記者で現在新日本プロレスの解説者でおなじみの柴田惣一さんだそうです。
93年5月21日(金)札幌中島体育館センター大会での4大シングルマッチで三沢、川田、小橋、田上が、当時「外国人四天王」と呼ばれていたスタンハンセン、ダニースパイビー、スティーブウィリアムス、テリーゴディに勝利した後に当時記者だった柴田惣一さんが記事の見出しに「四天王時代到来」と書いたことで三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明を総称して四天王と呼ばれるようになったそうです。
この当時にこれだけの試合をする全日本プロレスは桁外れ‼️
新日本プロレスも凄かったけど全日選手のがひと回り体がデカかったもんなぁ〜😅
今と昔を比較するのは苦手なので、感想としては…四天王プロレスはプロレスを超えたプロレス。
所謂"超プロレス"だと思います。
これが約30年前だという事実に只々、考えられない攻め方への驚愕とそれを全力で受け止める守りに脱帽とどんなに過酷で劣勢な状況でも諦めない心からの賛辞と勝敗を度外視しても最後まで戦い抜いてくれた事が感動…という気持ちです。
この頃鶴田がいない全日に興味なかったです、後々見ましたけど
黄色い人がパワーボムwww
聖鬼軍。
ほんと怖さがあり、鬼だった。
この頃は全日が確実に試合内容上でした( ・∀・)
この実況も選手並に大変だよな。福沢さん、凄いよ。
三沢選手の胸筋とお腹のスリムさ。川田選手のギュッと詰まった上半身。田上選手の身のこなし。
NOAH絶対王者時代の小橋選手を除けば、まさにこの90年代後半が四天王の全盛期だった。すごい時代でした。(小橋選手はずっと膝が悪くて、むしろNOAHでの膝手術復帰後の方が動けていた。)
有田さんはユーモア含めて言っていましたが、本当に四天王プロレスはもうやってはならない。本当に。
オチが秀逸過ぎるやろw
新日本ファンだった自分が三沢対小橋に一瞬で心奪われたそれぐらい2人は凄かった
まさにデンジャラスKって感じの試合
イービルは台本通り負けて新日本の利益に貢献した😊
四天王プロレスは、新日以上のストロングスタイルを見せてくれた。
まさにこれ以上はないというプロレス最高到達点の試合でした❗
この試合は単体で見ても1本の映画のようにドラマティックなのですが、川田さんが超世代群離脱 → 田上さんと世界タッグ王者になるも早期に陥落 → 三沢さんと小橋さんのタッグは最強タッグ2連覇(小橋さんの川田さんからのフォール勝ち含む)・世界タッグ王座を保持 → 世界タッグ戦における四天王対決では60分時間切れを繰り返し川田・田上組に白星なし ・・・ という流れからの大河ドラマの1編でもありました。三沢・小橋組が全日本の正統派として位置づけられており、小橋さんが将来のエースの流れが始まっていました。川田・田上組はこの試合で負ければその流れから取り残される状況でした。
この試合では三沢・小橋組が両者とも負傷を抱えていたため、川田・田上組は勝っても当たり前、三沢・小橋組は負傷しているからといって弱々しいところを見せれば評価が下がってしまう。そこで川田さんは三沢・小橋組の両者を怒らせて本気を引き出した上で勝とうとした、三沢さんと小橋さんは負傷を言い訳にしようとせず最後まで責任感と意地を見せた、田上さんもそれに付いていって川田さん初の三沢さんからのフォール勝ちをバックアップした。これらの要素が絡み合って稀に見る名勝負となったのだと思っています。