Celebrity タモリを導いた赤塚不二夫 #shorts 2025-04-28 #赤塚不二夫 #タモリ #漫画家 #お笑い芸人本チャンネルでは以下の音声を使用させて頂いております。・VOICEVOX:四国めたん 29 Comments @nightfish0101 12か月 ago タモリと赤塚不二夫の出会いはそうじゃない。うそばっか。 @ゆうじ-b6c 12か月 ago 若い時からモテなかったろうな。笑 @sonoda_ken 12か月 ago 当時の20万円てすごいな @hideaki-nm7cn 12か月 ago 勧進帳とはいえ、それを言葉を詰まらせることなく スラスラと読み上げ それをまた、一つの作品として、 師匠とも 盟友とも 言える赤塚不二夫を送り出せたというのは すごいことだと思います。 @gagagahegagaga2567 12か月 ago 動画の通り、タモリは売れてない頃赤塚と飲み屋に行ってはそれでその場で即興芸の白紙の弔辞を読んでた。弔辞を読む白紙の先にはいつもケラケラ笑う赤塚がいた。つまりあれは二人だけに意味の分かる即興芸を最後に見せて赤塚を見送ったのよ。 @super-deltaforce 12か月 ago 弔辞を読んでるタモリの後ろにAさんがおったな。 @大原裕信 12か月 ago 赤塚先生の知遇を得てなかったとしたら、タモリさんはどうなっていたろう。やはり誰かに見出されて世に出てきたか、福岡の面白いオッチャンで生涯を過ごしていたのか。分からないけど、やはり自らは赤塚の作品である、という弔辞がしっくりくるので、赤塚無くしてタモリなし、だったように思う。 @cameopink1808 12か月 ago タモリさんの芸は一般的にいわれる「お笑い」とは完全に方向が違う タモリさんのお笑いは相方やパートナーを必要とせず、観客も爆笑も必要としてない タモリさん1人で完結してる タモリの前にタモリなし、タモリの後にタモリなし 唯一無二の存在 @こう1-e8v 12か月 ago 赤塚先生ならきっと「これでいいのだ!」と言ってくれそうな弔辞だったな。 @Qwerty-bc3wz 12か月 ago 若い頃の尖ってたタモリすこ @レアメタル-y6z 12か月 ago 居候から妻も呼び寄せるとか狂ってるなw @bonvoyage1984 12か月 ago 52秒の葬式、タモリの後ろにレジェンド漫画家が沢山… @SUPPON-f5e 12か月 ago 赤塚さんも売れなかった時代に寺田ヒロさんに小遣いもらって食わせてもらったからそれを受け継いだんだな。 @yagiyagi2001 12か月 ago タモリや所ジョージってTVというメディアがあったからこそ出て来たタイプの人だよね。ビートたけしは演芸場でキップ切りからやってきたまさに”芸人”だけどタモリや所ジョージはそういう芸人の下積み時代が無くポンと出て来た感じ。漫才や落語の様な決まったネタが無くてもその場で面白いことが言えたり出来たりすればいいというTV特有の性質で出てこれた人達だと思う。まさにTV時代の申し子と言っていい。 @giehrhurue 12か月 ago おそ松さんって知ってます? @大西智博-b3s 12か月 ago 世に言うBIG3ですが、タモリさんだけが好きです。 @オレはマサだ 12か月 ago 赤塚先生もトキワ荘時代テラさんこと寺田ヒロオ先生に助けてもらった経験があるからタモリさんを助けたいと思ったのかな😊 @齊藤雅之-r1w 12か月 ago 泣いてまうやろ… @ushiyama356 12か月 ago タモリさんに出会ったことでギャグ漫画へ向けてたオモシロの力をテレビに向けるようになったんだよね出会う前から漫画はアシスタントが描いてて本人はほぼ描いてなかったらしいけど以降はもっと加速したとか @daiginjo5820 12か月 ago こんなに一緒にいるんだから愛し合うこともできるはずだってホモ行為(なんか違うという理由で未遂)までするのはすごい。 @白洲次郎-m6s 11か月 ago 勧進帳というギャグという言葉も意味も、今の世代は分からないのが悲しいね。 @松下太一-j7l 11か月 ago ただ飲み歩いたのではなく、「芸を磨いた」ってのが世に認められる人間のスタンスなんだろうな。 @AB-mn6qb 11か月 ago あかん。泣いた。 @TheMasuzoh 11か月 ago タモリは赤塚先生の告別式で私もあなたの作品だったと言ったでも赤塚先生にとってはタモさんがジェネレーターだったんだろね @高家カツト 11か月 ago その赤塚不二夫先生も寺田ヒロオ先生から5万円でこれが尽きるまでマンガ描けるだけ描いてみたら?。と言われ助けてもらってる。そして、手塚先生の落とした穴を埋めて無事初連載を手に入れた。 @terushimukae 11か月 ago 勧進帳で見送るギャグ天才 @タケノコもどき 11か月 ago どーしよ、ザコシがタモリさんポジになってたら、 @となりのとろろ-y9u 11か月 ago 知らない人がほとんどだと思うけれど笑っていいともが始まる時のタモリの評価は、売れてない頃の出川以下です。タモリなんかがお昼の番組に出ること自体おかしいし、勤まるはずが無いとの評価。ビックリですよね。 @くに-k2g 11か月 ago 彼は見えない右目で沢山のものを見てきたWrite A Commentコメントを投稿するにはログインしてください。
@hideaki-nm7cn 12か月 ago 勧進帳とはいえ、それを言葉を詰まらせることなく スラスラと読み上げ それをまた、一つの作品として、 師匠とも 盟友とも 言える赤塚不二夫を送り出せたというのは すごいことだと思います。
@gagagahegagaga2567 12か月 ago 動画の通り、タモリは売れてない頃赤塚と飲み屋に行ってはそれでその場で即興芸の白紙の弔辞を読んでた。弔辞を読む白紙の先にはいつもケラケラ笑う赤塚がいた。つまりあれは二人だけに意味の分かる即興芸を最後に見せて赤塚を見送ったのよ。
@大原裕信 12か月 ago 赤塚先生の知遇を得てなかったとしたら、タモリさんはどうなっていたろう。やはり誰かに見出されて世に出てきたか、福岡の面白いオッチャンで生涯を過ごしていたのか。分からないけど、やはり自らは赤塚の作品である、という弔辞がしっくりくるので、赤塚無くしてタモリなし、だったように思う。
@cameopink1808 12か月 ago タモリさんの芸は一般的にいわれる「お笑い」とは完全に方向が違う タモリさんのお笑いは相方やパートナーを必要とせず、観客も爆笑も必要としてない タモリさん1人で完結してる タモリの前にタモリなし、タモリの後にタモリなし 唯一無二の存在
@yagiyagi2001 12か月 ago タモリや所ジョージってTVというメディアがあったからこそ出て来たタイプの人だよね。ビートたけしは演芸場でキップ切りからやってきたまさに”芸人”だけどタモリや所ジョージはそういう芸人の下積み時代が無くポンと出て来た感じ。漫才や落語の様な決まったネタが無くてもその場で面白いことが言えたり出来たりすればいいというTV特有の性質で出てこれた人達だと思う。まさにTV時代の申し子と言っていい。
@ushiyama356 12か月 ago タモリさんに出会ったことでギャグ漫画へ向けてたオモシロの力をテレビに向けるようになったんだよね出会う前から漫画はアシスタントが描いてて本人はほぼ描いてなかったらしいけど以降はもっと加速したとか
@高家カツト 11か月 ago その赤塚不二夫先生も寺田ヒロオ先生から5万円でこれが尽きるまでマンガ描けるだけ描いてみたら?。と言われ助けてもらってる。そして、手塚先生の落とした穴を埋めて無事初連載を手に入れた。
@となりのとろろ-y9u 11か月 ago 知らない人がほとんどだと思うけれど笑っていいともが始まる時のタモリの評価は、売れてない頃の出川以下です。タモリなんかがお昼の番組に出ること自体おかしいし、勤まるはずが無いとの評価。ビックリですよね。
29 Comments
タモリと赤塚不二夫の出会いはそうじゃない。うそばっか。
若い時からモテなかったろうな。笑
当時の20万円てすごいな
勧進帳とはいえ、それを言葉を詰まらせることなく スラスラと読み上げ それをまた、一つの作品として、 師匠とも 盟友とも 言える赤塚不二夫を送り出せたというのは すごいことだと思います。
動画の通り、タモリは売れてない頃赤塚と飲み屋に行ってはそれでその場で即興芸の白紙の弔辞を読んでた。弔辞を読む白紙の先にはいつもケラケラ笑う赤塚がいた。つまりあれは二人だけに意味の分かる即興芸を最後に見せて赤塚を見送ったのよ。
弔辞を読んでるタモリの後ろにAさんがおったな。
赤塚先生の知遇を得てなかったとしたら、タモリさんはどうなっていたろう。やはり誰かに見出されて世に出てきたか、福岡の面白いオッチャンで生涯を過ごしていたのか。分からないけど、やはり自らは赤塚の作品である、という弔辞がしっくりくるので、赤塚無くしてタモリなし、だったように思う。
タモリさんの芸は一般的にいわれる「お笑い」とは完全に方向が違う タモリさんのお笑いは相方やパートナーを必要とせず、観客も爆笑も必要としてない タモリさん1人で完結してる タモリの前にタモリなし、タモリの後にタモリなし 唯一無二の存在
赤塚先生ならきっと
「これでいいのだ!」
と言ってくれそうな弔辞だったな。
若い頃の尖ってたタモリすこ
居候から妻も呼び寄せるとか狂ってるなw
52秒の葬式、タモリの後ろにレジェンド漫画家が沢山…
赤塚さんも売れなかった時代に寺田ヒロさんに小遣いもらって食わせてもらったからそれを受け継いだんだな。
タモリや所ジョージってTVというメディアが
あったからこそ出て来たタイプの人だよね。
ビートたけしは演芸場でキップ切りからやって
きたまさに”芸人”だけどタモリや所ジョージは
そういう芸人の下積み時代が無くポンと出て
来た感じ。漫才や落語の様な決まったネタが
無くてもその場で面白いことが言えたり出来
たりすればいいというTV特有の性質で出て
これた人達だと思う。
まさにTV時代の申し子と言っていい。
おそ松さんって知ってます?
世に言うBIG3ですが、タモリさんだけが好きです。
赤塚先生もトキワ荘時代テラさんこと寺田ヒロオ先生に助けてもらった経験があるからタモリさんを助けたいと思ったのかな😊
泣いてまうやろ…
タモリさんに出会ったことでギャグ漫画へ向けてたオモシロの力をテレビに向けるようになったんだよね
出会う前から漫画はアシスタントが描いてて本人はほぼ描いてなかったらしいけど以降はもっと加速したとか
こんなに一緒にいるんだから愛し合うこともできるはずだってホモ行為(なんか違うという理由で未遂)までするのはすごい。
勧進帳というギャグという言葉も意味も、今の世代は分からないのが悲しいね。
ただ飲み歩いたのではなく、「芸を磨いた」ってのが世に認められる人間のスタンスなんだろうな。
あかん。泣いた。
タモリは赤塚先生の告別式で
私もあなたの作品だったと言った
でも赤塚先生にとってはタモさんが
ジェネレーターだったんだろね
その赤塚不二夫先生も寺田ヒロオ先生から5万円でこれが尽きるまでマンガ描けるだけ描いてみたら?。と言われ助けてもらってる。
そして、手塚先生の落とした穴を埋めて無事初連載を手に入れた。
勧進帳で見送るギャグ天才
どーしよ、ザコシがタモリさんポジになってたら、
知らない人がほとんどだと思うけれど笑っていいともが始まる時のタモリの評価は、売れてない頃の出川以下です。
タモリなんかがお昼の番組に出ること自体おかしいし、勤まるはずが無いとの評価。
ビックリですよね。
彼は見えない右目で沢山のものを見てきた